ピンポンパン徒然草   第 六 段





『カータンのなみだ 声優伝・大竹宏』(山口真一著 新風舎)を読みました。当初は、この本の中でピンポンパンに関する新しい発見に出くわすかも知れない、くらいの軽い気持ちで読み始めたのですが、読み進めていくうちに期待以上の多くの事実がわかり本当に感激しました。同時に題名の「なみだ」の意味もおぼろげながらわかったような気がします。

 本書は声優・大竹さんの軌跡を綴ったものですが、特に13年半にわたり勤めあげた「カータン」に関する記述の部分には大竹さんの俳優・声優魂と番組に出演した子どもたちへのあふれんばかりの温かい愛情を感じさせるエピソードが数多く語られています。実は大竹さんご本人がカータンの中に入り、声と演技の双方をこなしていたことを僕はこの本によって初めて知ったのでした。そのご苦労たるや僕らの想像をはるかに越えるものだったに違いありません。

 常に創意と工夫を積み重ねて子どもたちを楽しませようとしてきた大竹さんのプロ根性、というよりはその真面目で温かいお人柄に僕は感銘を受けました。エピソードの一つに次のようなものがありました。ある時、制作側の段取りの悪さのために番組の収録が深夜にまで及んだそうです。大竹さんはぐったりと疲れきって寝入ってしまった子どもたちの姿に大変胸を痛められたのでした。「本来『ピンポンパン』は子どもたちが楽しく遊べるための番組であるはずだ。....(中略)...... 出演した子どもが「ああ、こんな楽しい世界ってあるんだなあ」「夢みたいな時間だったなあ」と出演当時はもちろん、後々にも思えるような体験と思い出を与えてやりたい........」。この部分を読んで僕は涙が出そうになりました。大竹さんの気持ちが一読者である僕にまで伝わってくるのです。(そしてちょうどこの時代に僕はピンポンパンに親しんでいるのです。)おそらく、歴代のお姉さんもお兄さんも新兵ちゃんもガンちゃんもこのような気持ちでいてくれたことでしょう。だからこそ子どもの頃にみていた番組が今だに僕の記憶に生き生きと新鮮な姿でよみがえるのだと思います。


 時代の変化に当然ピンポンパンも影響を受けました。子ども(園児)たちが参加の中心であった番組が、いつしか「ショー化」「バラエティー番組化」していく姿に大竹さんの心中は複雑だったそうです。もちろん「良い」とか「悪い」とかの問題ではないのですが、子どもたちの存在が希薄になってしまった番組を認めつつも、一方では変わりゆく現状に悲しさ、つらさを強くお感じになったことでしょう。時代が変わってもカ−タンはいつでも子ども(園児)たちの友達なのでした。

 もちろん、きれいな言葉で語られる素敵なエピソードばかりではなかったはずですが、先日テレビ番組で放映されていたゆきえお姉さんの話を聞き、そしてこの本に示されている大竹さんの生きざまやポリシーに触れ、今までのピンポンパンに対する僕の考えが少しばかり奥行きを増したように思います。「子どもたちのためのピンポンパン」だからこそ、番組が僕らに残してくれた数多くの素晴らしい曲を大切にして次世代の子どもたちに伝えたい、また今の子どもたちにもあの優しい、時に力強い音楽をしっかりと聴かせたい、と思うに至った僕の考えは決して間違っていなかったなあとしみじみと実感しています。単に懐かしむだけでは大竹さんをはじめ、番組に出演された方々の意志が活かされませんよね、きっと。(そのように思いたい........。)ピンポンパンの記憶を確かにして、キチンと後世に残していくことが僕にできるたった一つの恩返しなんです。

 13年半もの永い間、カ−タンを演じきった充実感、番組の変遷に覚えた悲しみ、支えになってくれたご家族や仲間たち、お世話になった恩師への想いがきっとカ−タンの「なみだ」になったのですね。ピンポンパンはやはりあの時代だったから、そして大竹さんをはじめ、あのスタッフたちがいてくれたからこそ輝いたのでした。番組が放映されていた当時のノスタルジーにちょこっとばかり浸りつつ、これからもピンポンパンの曲を思う存分楽しんでいきたいですね! 本当にピンポンパンは素晴らしい番組でした。

 さて、番組を引退後も大竹さんは子どもたちに夢を与えるべく声優業、後進の指導と同時に「大竹 宏ショー(ひとりで続けるピンポンパン)」にて地道な活動をされています。機会があればあなたも一度拝見してみたいなあと思いませんか? 今後の大竹さんのますますのご活躍をお祈りしたいと思います。

 まだあなたが本書を読んでいらっしゃらないなら、ぜひ一読をお勧めします。定価は1800円(税別)です。